大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ワ)10552号 判決 1977年1月31日

東京都豊島区西池袋四丁目一八番七号

原告

堀節治

右訴訟代理人弁護士

藤川成郎

被告

右代表者法務大臣

福田一

右指定代理人

三宅雄一

新保重信

菅野俊夫

大西亨

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

1  原告

(一)  「被告は原告に対し金八〇万五、三九四円及びこれに対する昭和三八年七月四日以降完済まで日歩四銭の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(二)  仮執行の宣言

2  被告

主文同旨の判決

二  請求の原因等

1  原告は昭和三〇年度の所得につき浅草税務署長に対し課税総所得金額二九万一、六五五円、所得税額七万七、二五〇円と確定申告をしたところ、同税務署長は原告に対し昭和三一年一一月二〇日付で昭和三〇年度の原告の課税総所得金額を二六〇万七、六一〇円、所得税額を一二〇万二、四三五円と更正し、かつ過少申告加算税五万六、二五〇円を賦課する旨を決定し、被告は昭和三六年七月二八日までに右更正にかかる税額と原告の申告税額との差額一一二万五、一八〇円及び右過少申告加算税を原告から徴収した。

2  右更正処分は、原告の雑所得として二二六万五、〇〇〇円を加算すべきことをその理由の一とするものであるところ右加算された雑所得中には、(イ)原告が大沢金備ほか二名に対し昭和二七年一二月一九日利息を日歩五〇銭と定めて貸付けた三〇万円に対する昭和三〇年中における遅延損害金債権額五四万七、五〇〇円及び(ロ)原告が大沢金備ほか二名に対し昭和二八年三月二五日利息を日歩一七銭と定めて貸付けた一五五万八、九五〇円に対する昭和三〇年中における遅延損害金債権額九六万七、三二八円が含まれている。

3  しかし、当裁判所昭和三四年(ワ)第二八七号事件につき昭和三六年七月一九日成立した裁判上の和解において、原告は右二口の貸金債権の元本のみにつき支払いを受けることとし、利息損害金はすべてこれを放棄した。

4  したがつて、前記2の(イ)(ロ)の合計金一五一万四、八二八円の遅延損害金債権は貸倒れとなつたから、原告の昭和三〇年度における課税総所得金額は、これを差引いた一〇九万二、七八二円が正当であり、これに対する所得税額は四三万五、三九一円、過少申告加算税は一万七、九〇〇円であり、右税額合計四五万三、二九一円を前記原告の納付ずみ税金合計一二五万八、六八五円(確定申告分を含む)から差引いた八〇万五、三九四円は、被告が法律上の原因がないにもかかわらず原告から支払いをうけて不当に利得したものである。

5  原告は被告を相手どつて昭和二八年度の所得税の納付金につき前記と同一の貸倒れを原因とする不当利得返還請求訴訟を提起し、その訴状は昭和三八年七月三日被告に送達された。したがつて、被告はおそくとも同日本件不当利得につき悪意となつたから、その翌日以降前記不当利得金に利息を付加して支払う義務を負うところ、右利息については当時施行の国税徴収法三六条ノ六を準用し、日歩四銭の割合によるべきである。

6  よつて、被告に対し右不当利得金八〇万五、三九四円及びこれに対する昭和三八年七月四日以降完済まで日歩四銭の割合による利息の支払いを求める。

7  原告が前記裁判上の和解の裏金として大沢金備から八三〇万円を受領した旨の被告の主張事実は、これを否認する。

8  被告の後記答弁6の主張は、争う。

9  被告は本件につき会計法三〇条、三一条による五年の消滅時効を主張するが、本件のように課税年度の経過後に貸倒れが発生した場合に、かかる貸倒れに基づき既納付税額を減額する公法上の手続は存しないのであるから、本件不当利得については民法七〇三条が適用されるべきであり、したがつて時効期間は一〇年である。

しかも、原告は本件更正処分の取消を求める訴訟を昭和三二年七月当裁判所に提起し、その過程において前記貸倒れの事実を主張し、本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定の取消を請求したから、右は本件不当利得の返還を求める催告にあたるものというべきであり、しかも、右の主張及び請求は昭和四九年七月一一日最高裁判所の上告棄却の判決がなされるまで維持されたから、右催告も右同日まで継続してなされていたものというべきである。そして原告が本件訴訟を提起したのは同年一二月一四日であるから、本件の時効期間がかりに被告主張のとおりであるとしても、消滅時効は完成するに至つていない。

二  被告の答弁

1  請求原因12の各事実は認める。

2  同3の事実中、原告主張の裁判上の和解の和解調書に原告主張の和解条項があることは認める。

3  同4の主張は、すべて争う。

4  同5のうち、原告主張の訴訟の訴状が原告主張の日に被告に送達された事実は認めるが、その余の主張は争う。

5  原告は本件裁判上の和解の成立時に大沢金備から本件二口の貸金の昭和三〇年度分遅延損害金合計一五一万四、八二八円を含む八三〇万円を受領したが、同人に対し税金対策上右金員授受の事実を和解条項としないよう依頼した結果、原告主張の和解条項による和解が成立したものである。したがつて、原告は本件遅延損害金債権を現実に回収したのであるから、被告は本件課税及び徴収によりなんら不当利得を得ていない。

6  かりに原告主張の貸倒れが真実であつたとしても、原告は昭和三〇年中に本件遅延損害金債権を除いても、隅田交通株式会社ほか五名に対する貸金の利息等の収入合計四五八万六、一五五円を挙げていたから、同額の雑所得があつたものというべきであり(利子収入に対する必要経費は、無いに等しい。)、本件更正処分で認定された原告の同年分雑所得金額二二六万五、〇〇〇円は右四五八万六、一五五円の範囲内である。したがつて本件更正処分は適法であり、これに基づく本件徴収金が被告の不当利得となるものではない。

7  本件訴訟は原告主張の裁判上の和解の成立時である昭和三六年七月一九日から五年を経過した後に提起されたものであるところ、原告主張の不当利得返還債権は、会計法三〇条、三一条により、右同日又は榊原正枝が第三者として本件税金の一部を納付した同年同月二八日から五年の経過により、時効により消滅した。

原告は、その主張する課税処分取消訴訟の係属中右の時効が中断していた旨主張するが、右訴訟は課税処分の取消を求めるものであつて、不当利得の返還を請求するものではないから、右別訴の係属をもつて不当利得返還の催告とみる余地はないものといわなければならない。

なお、原告は本件につき民法七〇三条の適用を主張するが、原告主張の不当利得は、国税の徴収手続において生じた過誤納税金であり、本件裁判上の和解の成立当時施行されていた昭和三七年改正前の国税徴収法一六一条にいう過誤納金に該当するものであるから、公法上の不当利得というべく、公法上の債権の時効には会計法の規定が特別規定として適用されるべきであり、私法上の一般規定である民法上の規定の適用は排除されるものというべきである。

かりに右の主張が理由がないとしても、原告主張の債権は民法所定の一〇年の消滅時効の完成により消滅したことは明らかである。

四  証拠

1  原告

(一)  甲第一ないし第一七号証、第一八号証の一ないし五。

(二)  証人菅野次郎、原告本人。

(三)  乙号各証の成立は認める。

2  被告

(一)  乙第一ないし第一〇号証

(二)  証人清水順。

(三)  甲第一ないし第九号証及び第一七号証の各成立は認める。第一八号証の一ないし五は各原本の存在及び成立を認める。その余の甲号証の各成立は不知。

理由

請求原因12の各事実及び昭和三六年七月一九日同3のとおりの裁判上の和解が成立した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第八号証及び乙第三ないし第九号証に証人菅野次郎、同清水順の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の諸事実を認めることができる。

1  原告主張の元本金三〇万円及び金一五五万八、九五〇円の二口の債権は、大沢金備、その妻大沢園子及び同女の父鈴木利八の三名を連帯債務者とするものであり、鈴木利八は原告に対し右元本金三〇万円の債権を担保するため二棟の建物に担保権を設定し、抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記を経由し、また右元本金一五五万八、九五〇円の債権を担保するため土地、建物等に担保権を設定し、抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記を経由した。

2  鈴木利八は昭和三四年一月原告を相手どり、右各消費貸借契約及び右各担保権設定契約を締結したことがないと主張して、右各債務の不存在確認及び右各登記及び各仮登記の抹消登記手続を請求する訴訟(当裁判所同年(ワ)第二八七号事件)を提起したが、その後同人は死亡し、同人の相続人である鈴木コト鯨岡利子、前記大沢園子、鈴木キン及び鈴木満寿子の五名が前記土地建物等を共同相続し、かつ右訴訟の原告たる地位を承継した。

3  右共同相続人らは、前記土地及びその隣地合計約一〇六坪並びに地上建物を売却することとし、これを大沢金備に委任したので、同人は買手を探した結果、張圭七との間に交渉が進められた。

右土地の更地価格は坪当たり金五〇万円と評価されたが、担保権その他の負担を除去し地上建物の居住者に立退きを求めるための費用等として合計金五、〇〇〇万円前後の資金を要することが見込まれたので、右売買交渉の結果、代金は金八五〇万円とすることで話合いがつき、張圭七は昭和三六年四月二一日までに右代金を大沢金備に支払つて、同日前記共同相続人らから前記不動産につき所有権移転登記手続を受けた。

4  大沢金備は右の売買交渉と並行して原告との間に前記二口の貸金の弁済につき接衝したところ、原告は貸主大木みよ名義の昭和二八年七月二九日付金二五〇万円の貸金(利息は日歩二〇銭)を含めて元利合計として金一、〇〇〇万円以上を弁済するよう要求したが、大沢金備は右大木みよ名義の貸金は小口の貸金の元利金をまとめて数回にわたり更改した結果のものであり本来の元本額は数十万円にすぎないこと等を主張した結果、結局右三口の貸金の弁済額は充当関係を明定せず合計金八三〇万円とし、原告は右金員の支払いを受けたときは右三口の債権のその余の部分を放棄することで合意が成立した。

5  当時原告はその所有不動産につき国税滞納処分を受けていたが、原告は極端に税務当局を嫌悪し、また幾多の税務訴訟等を提起していた関係から前記弁済の受領を秘匿することを強く望んでいたため、前記弁済の交渉及び他の関連争訟の解決にたずさわつた関係人等が斡旋した結果、税務当局としてはほぼ前記1の二口の貸金の元本合計額相当の金員の納付を受ければ原告に対する差押処分を解除してもよいとの意向を有することが明らかになつたが、原告は、これを自己の名義で納付することを頑強に拒否した。

6  そこで、原告、大沢金備及び張圭七その他の関係人間で協議が重ねられた結果、右三者間については、大要次のとおりの合意が成立した。

(一)  原告は、前記金八三〇万円の受領については領収証を発行せず、代りに、前記2の訴訟について裁判上の和解をして、これをもつて前記1の二口の貸金債権及び前記4の大木みよ名義の貸金債権の消滅の証とする。

(二)  原告の国税滞納金のうち前記1の二口の貸金の元本の合計額と同額の金一八五万八、九五〇円は、張圭七の委任する榊原正枝が、第三者としてこれを納付する。

(三)  張圭七は前記金八三〇万円のうち右金一八五万八、九五〇円を原告に対する支払いに代えて右榊原正枝に支払う。

(四)  前記(一)の裁判上の和解においては、榊原正枝を和解のため参加させ、原告は前記鈴木利八の共同相続人らに対し前記1の二口の債権の利息損害金債権を放棄し、元本債権を前記各担保権と共に代金一八五万八、九五〇円で榊原正枝に譲渡し、同人は右代金を原告に支払う代りに原告の国税滞納金の弁済のために第三者として納付し、若し残余金を生じたときは、これを原告に支払うことを骨子とする和解条項を合意する。

(五)  張圭七の右金員の支払いは昭和三六年七月一九日裁判上の和解の成立後当裁判所の構内において行う。

7  そこで、前記2の訴訟につき昭和三六年七月一九日訴訟当事者及び和解のための参加人榊原正枝の間に右(四)の合意内容を骨子とする裁判上の和解が成立し、張圭七は原告に対し即日金八三〇万円から金一八五万八、九五〇円を差引いた金員を支払い、その頃残額を榊原正枝の代理人に交付し、原告の滞納税金の弁済のため東京国税局に第三者として納付させ(同年同月二八日納付)、原告は榊原正枝に対し同年八月一一日前記各抵当権設定登記及び各所有権移転請求権保全仮登記の各権利移転の付記登記手続をした。

以上の事実を認めることができ、前掲乙第四号証及び原告本人尋問の結果中右の認定に反する部分はいずれも措信し難く、前記証人菅野次郎の証言中同人は金八三〇万円の授受について聞いたことがない旨の証言部分は右認定を左右するに足りず、他に右の認定を左右すべき的確な証拠はない。

右の認定事実によれば、本件裁判上の和解の和解条項中原告が本件二口の貸金債権のうち元本債権を除くその余の債権を放棄する旨の条項は和解当事者間の通謀による虚偽表示であつて、和解当事者及び大沢金備の真意は、原告は本件二口の貸金債権のうち金八三〇万円を除くその余の部分を放棄することにあり、張圭七は右貸金当事者間の真の合意を承知したうえ、抵当不動産の所有者として原告に対し右金八三〇万を代位弁済した(ただし、前記認定事実によれば、債務者らに対し求償権を有しないものというべきである。)ものというべきである。

ところで、本件二口の貸金のうち元本金三〇万円の貸金についての昭和三〇年における遅延損害金が金五四万七、五〇〇円であること及び元本金一五五万八、九五〇円の貸金についての同年中の遅延損害金が金九六万七、三二八円であることは、弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いがないから、右二口の貸金については貸付当初から毎年右と同額の利息・遅延損害金債権が発生したものというべきであり、前記代位弁済金八三〇万円の弁済に際し前記三口の債権に対する弁済充当の合意が存しないことは前記認定のとおりであるから、右弁済金は、先ず利率の最も高い(日歩五〇銭)本件元本金三〇万円の貸金に対する昭和二七年一二月一七日以降弁済時までの八年二一四日間の損害金、利息に、次いでその元本に順次充当されたものというべきであり、その合計額は金四七〇万一、〇〇〇円であるから、右元本金三〇万円の貸金債権は全額弁済されたことになる。次に、右弁済残額金三五九万九、〇〇〇円は、次に利率の高い前記大木みよ名義の昭和二八年七月二九日付元本金二五〇万円、利率日歩二〇銭の貸金の損害金、利息、元本に順次充当されるべきであるところ、右貸金の前記金八三〇万円の弁済日までの七年三五五日間の利息、損害金の合計は金一、四五五万円に達するから、右債権のうち元本全額及びこれに対する利息・損害金のうち元本金一五五万八、九五〇円の貸金の元本及び利息・損害金については弁済されず、原告がこれを放棄したことになる。

したがつて、本件元本三〇万円の貸金について昭和三〇年中に発生した金五四万七、五〇〇円の遅延損害金債権が貸倒れとなつた旨の原告の主張は理由がないが、本件元本金一、五五万八、九五〇円の貸金について同年中に発生した金九六万七、三二八円の遅延損害金債権が貸倒れとなつた旨の原告の主張は理由があり、同年度分の原告の所得税等として被告が納付を受けた金員中右貸倒れ金に対する各税額に相当する部分は、結局被告においてこれを不当に利得したものといわなければならない。

被告は、本件課税年度において原告が確定申告した雑所得及び本件更正処分により認定された雑所得のほかにも原告は雑所得を得ていたから、右貸倒れの事実は不当利得を構成しない旨を主張する。しかし、かりに原告が被告主張の雑所得を得ていたとしても、これに対する課税権は時効により消滅していることが明らかであるから、被告の右の主張は理由がないというべきである。

そこで進んで被告の消滅時効の抗弁につき判断する。

弁論の全趣旨によれば、原告主張の原告の昭和三〇年度の所得に関する所得税及び過少申告加算税は前記認定の榊原正枝の第三者納付により昭和三六年七月二八日完納されたことを認めることができる(同日までに完納されたことは当事者間に争いがない。)。また、本件記録によれば、原告による本件訴状は昭和四九年一二月一四日当裁判所に提出されたことか明らかである。したがつて、本件不当利得返還債権についての時効期間が五年であるか一〇年であるかの争点について判断するまでもなく、原告の前記不当利得返還債権は時効により消滅したものといわなければならない。

原告は、右の時効は原告が提起した本件更正処分の取消訴訟において前記貸倒れの事実を主張したことにより、その係属中中断した旨主張するが、右の訴が不適法を理由として却下されたことは当事者間に争いがないから、これに裁判上の請求としての中断の効果を認めることはできない。また、右の訴訟は課税に関する行政処分の取消を請求する行政訴訟であり、貸金債権が貸倒れとなつた結果既納付税金が過誤納となつた場合には、右取消訴訟と併行してその還付を請求しうる救済方法が存する(本件の場合については、昭和三七年法律第六七号による改正前の国税徴収法一六一条)のであるから、課税に関する処分の取消を求める訴に過誤納税金の還付すなわち不当利得返還の催告としての効力を認める必要はないものといわなければならない。したがつて、右のいずれの点からみても、原告の時効中断の主張は理由がない。

してみると、原告の本件不当利得返還の請求は結局全部理由がないことに帰する。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大和勇美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例